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第8回 蜂蜜エッセイ応募作品

宮本武蔵とミツバチ

芳田英幸

 

 宮本武蔵は剣聖として有名ですが、水墨画、刀の諸工作でも名を馳せており、時の文化人、林羅山らも認める一流の工芸家でもありました。
 さて、その宮本武蔵が作成した刀の目貫で有名なものに、ナマズと「蜂」があります。武人の作るものですから、蜂は猛々しいスズメバチかと思いきや、ミツバチなのです。
 なぜ、宮本武蔵はミツバチを好んだのか。
 宮本武蔵の水墨画では、「枯木鳴鵙図」「紅梅鳩図」など有名なものが多く残っていますが、どの画も対象物をとてもよく観察していることが分かり、武蔵が花や鳥、自然をとても愛していたことが伺われます。道場内ではなく自然を道場に兵法修行をした宮本武蔵らしくありますね。当然、虫もよく観察したことでしょう。スズメバチと戦うミツバチを観察して、武蔵の兵法理論に則したミツバチの戦いぶりを愛でたのではないでしょうか。宮本武蔵著『五輪書』に「戦いの内にも敵の位を受け、我が身の達者を覚え、その理をもって渡を越す」とありますが、スズメバチが耐えられるのは45度ほど(→敵の位を受け)、ミツバチはスズメバチより高温に耐えられ49度ほどまでもつ(→我が身の達者を覚え)、その利を活かして、蜂球でスズメバチを熱殺する(→渡を越す=いち大事を突破する)。こういったところが宮本武蔵の兵法の利に相通じるものがあります。
 では、蜂蜜と宮本武蔵の関係はどうか。
 そこで、蜂蜜の歴史を紐解きますと、日本ではじめてミツバチのことが文献上に現れたのは「日本書紀」で、推古35年すなわち627年と古く、蜂蜜は739年に渤海国から蜂蜜が献上されたことが「文王致聖武天皇書」に記されています。やはり古いですね。江戸時代には養蜂も確立したとあるくらいですから、江戸初期の宮本武蔵の時代には蜂蜜は有権者にはよく知られた存在だったのでしょう。水野勝成、小笠原忠真、細川忠利などの時の有権者に遇された宮本武蔵も当然、蜂蜜を知っていたと思われ、その主な効能が体力回復や止痛、解毒といった、兵法者が必要とするものであることを宮本武蔵は知っていたと推測されます。
 そう、宮本武蔵がミツバチを好んだもう一つの理由は、武蔵が蜂蜜の効能を知っており、その効能を愛でたからでしょう。
 結論、あの最強無比の宮本武蔵の強さの秘密の一つは、ミツバチと蜂蜜にあったのではないでしょうか。

 

(完)

 

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